大 龍 校 区 の 紹 介

「大龍」の校名の由来
 この校地は,薩摩隼人の勇名を馳せた島津貴久,義久,家久の三公居城の跡で,当時はこの城を御内とよばれていました。
 家久公が本城を鶴丸城に移した後,ここに寺を建立し,「瑞雲山大龍寺」と称したそうです。貴久公の法号大中と義久公の法号龍伯をとったものです。開山の住持は,薩摩教学の伝統の中に巨大な位置を占め,かつ日本文化史の中に,不滅の光を放っている学僧文之和尚です。大龍寺は,連綿250年続きましたが,明治2年廃仏毀釈の厄にあい,廃寺となりました。
 そして明治17年,ここに学校を建て,大龍小学校と称しました。けだし思いを伝統に馳せ,遠く学僧文之の気魂を継承しようとする意図であったのでしょう。
大龍校区の概要
 大龍小校区は,旧鹿児島市の北部上町とよばれる平坦地を中心として,北に住宅団地を持ち,東に多賀山,桜島を望み,西には常安・城山の自然の姿に接し,落ちついた住宅街を形成しています。
 古くは「鹿児島の床の間」と言われ,環境の良さを誇っています。
 さらに,本校区には,文化的歴史的遺跡も数多く残されており,大龍寺跡,文之の碑,砲術館跡,浄光明寺,島津忠義墓地,長田神社,興国寺跡,南洲神社,南洲墓地,西郷顕彰館五代友厚誕生地等が特に有名です。
 また,保護者の教育に対する関心も高く,PTA活動・各町内会活動・校区公民館活動・あいご会・スポーツ少年団活動など,生気と活力に満ちた活動を続けています。
鹿児島駅 石橋記念公園・祇園之州公園
南州墓地         ザビエル上陸祈念碑
正門横 大龍から見える桜島
西郷さん終焉の地 西郷顕彰館