大正7年、まだ東桜島村のころに、段々畑の土地を各集落の奉仕作業で学校用地に整地したそうです。そのころは、現在のように機械もなく、3、4年かかったそうです。
大正11年、木造の校舎(前校舎)が完成して、日陰にはせんだんの木がよいとのことで近くの山より、せんだんの木が移植されました。途中台風などの災害にも遭いましたが、火山灰にも負けず、百年以上生き続けています。(移植後の樹齢は81年)