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 このページでは、城南小学校の地域概況を紹介します。
  校区概況(PDFファイル約105KB)
  町名の由来(PDFファイル約75KB)
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地域概況

 本校は城南小学校の前身でもある洲崎尋常小学校として昭和5年4月に開校し,本年度で79年目を迎える歴史と伝統に輝く学校。校区である。

 東は雄大な桜島を望む錦江湾,西は鹿児島市を斜めに切って流れる甲突川河口に接し,また,北の方は鹿児島市最大の繁華街天文館に隣接している。

 創立当時の姿そのままの石造りの校門をくぐると,大地にどっしり根をおろした「あこうの木」があり,本校のシンボルとなっている。

 現在,校区は新屋敷・新屋敷東。南林寺・城南。甲突・甲突第1。清滝・錦江の8つの町内会に分けられている。このうち城南町・錦江町はともに昭和38年にできた新しい町だが新屋敷・南林寺・甲突町は藩政時代から塩田を活用しての塩づくりが行われていたり,僧月照の墓がある名所旧跡が存在していたり,また城下町として発展してきた所である。


 児童数も昭和55年頃までは千人以上をこえ,市内有数の大規模校であったが,いわゆる都市中心部のドーナツ化現象で年々児童数は減り,現在は4学年,5学年,6学年,仲良し学級が1学級,他は2学級の計9学級206名となっている。

 創立以来,地域住民の学校教育に対する期待度も大きく,城南小学校振興のために協力は惜しまない
気風がある。特に,学校保健教育では,給食優良校として文部大臣表彰や県学校保健優良校として4年連続の表彰,さらに,20数年前までにはじまったフッ素洗口(ぶくぶく健康づくり)は現在もPTAの協力で毎週木曜日の業間に行われており,虫歯予防のために多大な効果をあげている。

 また,青少年赤十字(JRC活動)には昭和39年に加盟して以来,共同募金運動・ボランティア活動等にも積極的に取り組み,道徳性の高揚を図ってきている。

 このほか,図工教育・理科教育の振興にも力を入れ,ジュニア展やソニー教育論文にも数回入賞している。平成8年度から平成9年度までの2年間,鹿児島市教育委員会の環境教育協力校として環境教育の研究推進に取り組み,平成9年11月18日にはその研究効果の発表を行った。また,平成10年度から2年間,県教育委員会の環境教育研究協力校として指定を受け,新学習指導要領で特設される「総合的な学習の時間」を指向した「総合的な環境学習」の在り方について研究を進め,子供主体の特色ある環境教育に取り組み,平成11年10月22日にその研究の成果を発表した。平成12年度からは,県の青少年赤十字研究推進校として,環境教育や福祉教育等を中心とする「総合的な学習の時間」の研究実践に取り組み,12年10月27日に「県JRC活動研究発表」を行った。平成13年5月には,日本赤十字「金色有功章」を受賞した。

 社会教育面でもPTA活動。あいご活動・公民館活動も盛んで鹿児島市の表彰を受けるなど伝統に輝く社会教育活動が現在も熱心に推進されている。

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当時の洲崎尋常小学校の様子です。学校に写真は1枚しか残っていません。現在は、教育相談室に飾られています。
詳しくは、左メニューをクリックしてください。新一年生の保護者のみなさんは、第一回地域あいご会までにご自分のあいご会の確認をしてくださいね。
あこうの木は、昭和七年(1937年)六月に植えられました。城南小学校が新しくできたとき、市尋校から別れてきた五年生の橋口くんのお父さんが「あこうの木は潮風に吹かれてたくましく育っていく木だから、城南の子どもたちが立派に育っていくように、あこうの木の成長と子どもたちの成長との成長比べのために」と寄贈され、現在にいたっています。平成2年2月12日には、市当局から学校が希望した記念樹として、第二号のあこうの木が正門南側の追思の碑の横に植えられました。(写真は、今もなお元気な初代のあこうの木です))
昭和58年(1980年)12月20日校門が南側に拡幅移設されました。以前の正門の写真はこちら
移設前の正門の写真です。昭和49年の卒業アルバムに収録されていました。