| 名山伝言板 |
| (5) 2005/6/7 中熊太治さんより |
| 皆さんこんにちは! 栄えある13000番を踏んだ記念に書き込みします。 素晴らしいHPを作成・管理されていらっしゃるのは名山小の先生だと思いますが、有難うございます。更新も頻繁 に行われているので楽しみにしております。 私は川口初子と同級生です。 彼女の、「会いたい人に会える時に会っておきたい」との気持ちに動かされ、同窓会開催に向け名簿作りから始め ました。経験された方ならおわかりでしょうが結構大変な作業でした。大してお付き合いの無かったメンバーや女性宅に電話をかけるのは、いい気持ちはしなかったです。 1回限りのつもりでしたが、どうにか名簿を完成させ案内状を郵送、会は無事開かれました。 久しぶりにお会いした恩師の先生方や同級生との限りなく続く「会話」とお酒に酔った為でしょうか第2回同窓会幹事役を引き受けるメンバーがあらわれ、今年で4回目を開くことになりました。 回を重ねる度に「転居先不明者」が少なくなり、昨年は当時の愛護会で「名山小学校児童」を指導下さっていた方2名にも参加して頂けました。 少しずつですが確実に参加者が増え同窓会は成長中です。 今年、私たちは8月13日を予定していますが昭和29年生まれの方達の同窓会が8月14日に開催予定とのことです。 先輩、後輩が一堂に会するような同窓会が出来ると楽しいでしょうね? |
| (4) 2004/7/2 光明佳子さんより |
| 川口初子様へ 外部の者ですが、突然失礼します。 難波弘樹さんから名山伝言板の存在を教えてもらい津島佐栄子さんの名前を見つけ、思わずメールさせていただきました。 津島佐栄子さんとは同期入社で、20歳から彼女が亡くなるまでずっと仲よくさせていただいていました。 川口さんの記憶にある19歳の津島さんを私は知らないけれど、それ以降の彼女のことはよく知っている・・・ちょっと不思議な感じです。 見た目は真面目そうで、でも話してみるととても楽しい人でしっかりしていていろいろな面で私はずい分助けられたと思います。 病気の治療中や入院中も、きっととても辛かったと思うのに、元気に明るく振舞って、感心させられることが多々ありました。 よく一緒に行動していたので、彼女のことを想い出すときりがありません。。。。。 もう彼女に会えないんだと思うととても悲しいですが、出会えたことを大切にしていきたいと今は思っています。 そして、私もこれから”会いたい人に会える時に会っておく”こと心がけようと思います。 光明 佳子 |
| (3) 2004/6/21 川口初子さんより |
| 灘波弘樹様へ この度は津島佐栄子ちゃんについての投稿! ありがとうございました。 昨日、同級生から「すぐに名山小のHPを見て!」とのメールが入り開いたところ・・・思いがけない展開にみんなで驚いています。 30年ぶりに再会を果たせた時、みんなの前で佐栄ちゃんの話をしました。 「彼女が私達の仲間だった事を忘れないでいて欲しい。そして彼女の分までみんなで一生懸命生きていこうね」と 仲良し3人組だったもうひとりの親友、山田真理子ちゃんとも誓いました。 「絶対に佐栄ちゃんのお墓参りに行こうね!」と それでも私の記憶の中の佐栄ちゃんは19才、真理子ちゃんの中でも20才の佐栄ちゃんの記憶しかなくおとなになった彼女を知らないままにお別れしてしまった事が悔やまれてしかたありませんでした。 そんな思いを募らせていた私達に、こんな素敵な「一期一会」をありがとうございました。 心より感謝しております。 今年も7月17日(土)午後6時より鹿児島市の美華園で同窓会を開きますので、まずは「佐栄ちゃんニュース」を報告させていただきますね。 ありがとうございました。 川口(米倉)初子より |
| (2) 2004/6/15 灘波 弘樹さんより |
| 外者ですが失礼致します。 川口初子さんの伝言板メッセージを拝見し、一言述べさせて戴きます。 川口さんの親友、津島佐栄子さんとは小生大阪勤務時代、一緒に働いておりました。職場でも人気者でしたが、昔から皆様に慕われていたのですね。 津島さんがお亡くなりになってすぐに小生は海外勤務となり、大阪を離れました。それ以来、一度も大阪には行っておりません。今日皆様のHPを見て、ふと津島さんのことを思い出した次第です。 川口さんのメッセージ、「会いたい人に会える時に会っておく」は印象に残りました。臍の緒を切って以来、多くの方々と会う、別れるを繰り返して来ましたが、もう一度会ってみたいと思っていても、果たしてどれだけの人に再会出来たでしょうか。今日出会った人にはもう一生会わない可能性も有る、そう思うと「一期一会」という言葉が身にしみます。 拙文、失礼致しました。 |
| (1) 2003/8/21 川口初子さんより |
| 昭和47年に名山小を卒業しました川口初子と言うものです。 錦城幼稚園から名山小の2年生までいっしょで、その後神戸に転校して行った親友津島佐栄子ちゃんが 39歳の若さで乳がんのために他界した事を知った時に、「会いたい人に会える時に会っておきたい」と痛切に思うようになり、昨年7月に卒業以来30年ぶりの同窓会を開く事ができました。 たった2ヶ月の準備期間に現住所の確認から始めたわけですが、それでも先生方6名・同級生31名の顔が揃い、時の経つのも忘れて昔話に花が咲きました。 その中のひとりが「来年は俺が幹事をやる!」と手を上げてくれ、言い出しっぺの私としては、予想外の展開に胸の熱くなる思いでした。 それからは「全員に会いたいね」を目標にみんなの力も借りて住所確認に奔走し、今年も7月20日に林光華園で昨年以上の同窓会が開け感激しています。 再会してからの1年は東京に住んでいながらもメールのやり取りができ、みんなの存在が身近に感じられとても心強い月日を送ることができました。 それは子育てをしている専業主婦の私だけでなく、弱音のひとつも吐けずに第一線で仕事をしている同級生にとっても同じ思いだったようです。 男も女も関係なく、勉強のできるできないも、家庭の事情もまったく気にせず、素に自分のままで、ひたすら楽しんだ「あの頃の仲間」だからこそ、40歳を過ぎて一番責任の重い「今」をみんなで力を合わせて、乗り越えて行けたらどんなにすばらしいだろうと改めて感じている今日この頃です。 これからも毎年、同窓会を開いていく事にみんなで決めました。 現在、卒業生105名中74名の住所確認ができ、この1年間で担任の先生方8名、同級生55名、そして転校生5名との再会が実現しました。 これからも、ひとりでも多くの同級生の掘り起しをしていき、元気である事の確認ができたら「それでよし!」と思っています。 そして、この会が何か少しずつでも発展して行ったら・・・幸いと思っています。 昭和47年卒業同窓会言い出しっぺ 川口(米倉)初子より |