平成18年度鹿児島市学校教育研究大会
 研究実践経過中間報告
 
1 研究の概要
(1) 研究主題
思いやりの心を磨き,輝いて生きる子どもの姿を求めて
〜子どもの多様な価値観を生かし,深め広げる道徳学習の創造〜
 
(2) 研究主題設定の理由
ア 社会の要請
 今の子どもたちを取り巻く心の問題は枚挙にいとまがないが,諸問題の根底にあるのは,自尊感情の欠如や人間の尊厳性の欠如に起因するのではないかと思われる。生きる楽しみ,とりわけ人とふれあう楽しみの機会が激減する中で心の有り様がずいぶん変わってきたのではないかと思えてならない。自他を認め合う喜びや楽しみを学校で意図的に味わわせる試みをする必要がある。
イ 本校の心の教育
 本校の校訓は,「考える,思いやる,がんばる」である。子どもたち一人一人が生き生きと生活し,ひたむきに学ぶ姿を求めて,本校では思いやりの心の醸成に着目して研究実践を進めている。人は皆よりよく生きたいと願う存在であり,自分本来の在り方を求める存在である。と同時に,自分が属する集団社会にその存在を承認されることに人間としてのよさを見いだそうとする。よりよく生きるために,自・他・集団社会とのよりよい関係づくりを積極的に進めていく必要がある。
ウ 『21世紀版郷中教育』の推進
本校では,古くから鹿児島に伝わる郷中教育の精神を受け継ぎ,現代風にアレンジした『21世紀版郷中教育』を展開し,その充実を図っている。その基本精神は,思いやりの心である。友達との積極的な話合い活動,読書による心の陶冶,一日一汗運動の展開,異年齢活動等,自分や友達に思いを遣る活動の実践を進めている。
子どもたち一人一人は,それぞれ「思いやりの心」を持っている。自他の交わりを積極的に進め,互いに思いやりの心を磨き合ったり,思いやりの心を伝え合ったりする営みを大事にしていきたい。互いの切磋琢磨の精神がしだいに輝きを増し,魅力ある生き方を実現できると考える。
以上のことから本研究主題を設定した。
 
<副主題:道徳の時間における研究主題>
子ども一人一人に道徳的実践力を身に付けていくためには,子どもが自分の生き方・在り方を自分のこととして学び,考えや思いを深めていく道徳学習を展開していく必要がある。本来,子どもたちが持っている価値観を肯定的に捉えながら,子ども自身の主体的な学習を目指して様々な学習過程や学習方法を工夫していくことが肝要である。子どもの価値観を多面的に捉え,それを生かしながら個に応じた指導を充実すべく,子どもを見取る実際(評価)と子どもに返す実際(指導の工夫)を掘り下げて研究し,一体化を図って一人一人の価値観を深め広げていきたい。(価値観=道徳的な見方・考え方・感じ方等)
 
(3) 研究のねらい
ア 郷中教育の理念と方法を生かし,現教育活動の改善点を明らかにする。
イ 子ども一人一人の価値観が生かされ,深め広げられるための多様な学習過程や学習方法を明らかにする。また,価値観が深められ広げられる過程における評価の在り方を明らかにする。
ウ 思いやりの心を育てる道徳的体験,道徳的環境,家庭地域との連携の在り方を明らかにする。
 
(4) 研究の全体構想
<研究主題>
思いやりの心を磨き,輝いて生きる子どもの姿を求めて
〜子どもの多様な価値観を生かし,深め広げる道徳学習の創造〜
<めざす子どもの姿>
自他の存在を認め,生き生きと道徳的実践を志向する子ども

○  自分の心を謙虚に見つめる子ども      ○ 自分の心をひたむきに磨く子ども
○ 自分の心を見通し可能性を考える子ども   ○ 自分の心を豊かに伝える子ども
 
2 研究の実際
(1) 21世紀版郷中教育の推進
「負けるな,うそを言うな,弱い者をいじめるな」
   昔の人の教えを大事にし,一人一人が存在感を示すことができる豊かな学校生活を目指すべく,
  「負けるな,うそを言うな,弱い者をいじめるな」を合い言葉に実践を展開中である。
フレーズ 精 神 の 根 拠 目 指 す 実 践 行 為
「負けるな」 (対自)自分に負けない
(対他)友達に負けない
・ねばり強く最後までがんばる
・友達と切磋琢磨する
「うそを言うな」 (対自)自分をごまかさない
(対他)友達を大事にする
・素直に厳しく内省する
・誠意をもって事にあたる
「弱い者をいじめるな」 (対他)友達にやさしくする
(対自)自分をへりくだる
・友達やまわりの人に対して謙虚に接する
・思いやりの気持ちを積極的に伝える
イ 具体的実践の実際
21世紀版活動例 郷中教育 具体実践例
話合いの工夫 詮議 学習中の話し合い活動の工夫,諸行事における自治的活動
読書活動
名詩名文暗唱会
日新公いろは歌
輪読会 10分間の朝読書,保護者・教師・高学年児童の読み聞かせ
音読カードを活用した暗唱活動,年1回の暗唱大会開催
週1回の「つくしタイム」活動,カルタ大会開催
異年齢集団活動 芋こじ活動 5〜10人の小集団で登校,完全縦割り清掃,年5回の仲よし集会での親睦会
一日一汗運動
妙円寺遠行
山坂達者 なわとびチャレンジ活動,朝のボランティア清掃活動
あいご会行事,6年生PTA行事
 
(2) 子どもの多様な価値観を生かし,深め広げる道徳学習
ア 「子どもの価値観を生かす」学習過程
「子どもの価値観を生かす」学習を,「一人一人が課題意識を持って,自分なりに解決し,実践への見通しをつかめる」学習ととらえ,学習過程を再考した。
◆道徳的問題の解決成立までの過程と道徳の時間
 
◆ 学習過程の展開
気づく段階 問題となる経験を想起し,自己の課題を持つ。
さぐる段階 多面的な見方,考え方,感じ方等を追究する。
高める段階 求める価値の意義を追究する。
つかむ段階 課題を解決し,実践への確かな見通し(手応え)をもつ。
目指す段階 望ましい実践を目指す意欲を高める。
    
 
イ 「子どもの価値観を深め広げる」指導法の工夫と道徳性評価の工夫
@ 子どもの価値観を深め広げる指導法の工夫
子ども一人一人の価値観を深め広げるため,指導法改善の中心に対話活動を置く。子ども一人一人に存在する価値観を深め広げる過程において,自分の価値観とじっくり向き合う場面と,他の価値観と比較しながら考えを再構成する場面を大事にしたいと考える。前者を自己内対話,後者を他者対話とよぶことにする。対話活動をより充実させるために,書く活動と話合い活動を追究している。価値観の深まりや広がりを求める際に,自分の思いを言葉で表すことと,自分の思いを誰かに伝えることの営みは肝要であると考える。
A 道徳性の評価(道徳の時間)
道徳性は,道徳的問題場面に際して運用の仕方は変わるものの,発達し続けて下がることはないという本性をもっている。本校では,道徳性の評価を「一人一人をまるごと理解すること」と考え,カウンセリングマインドに基づいて共感的理解に努めている。道徳の時間においては,価値観の深まりや広がりの度合いを道徳性の発達(変容)ととらえ,深め広げるための指導法改善を試みるとともに,それを見取る評価の在り方
 
評価者 評 価 の 目 的 評 価 の 機 能
教師の評価
(子ども理解)
子どもの価値観を把握し,価値観を深め広げることができるように指導法を改善する。 子どものあるがままの価値観を見守り,より深め広げていこうとする努力を助長する。
子どもの評価
(自己理解)
これまでの自分の生き方の価値観と向き合い(自己内対話),さらに価値観を深め広げる。 自分の価値観を振り返り,自信を持った価値観や不十分な価値観に気付き,望ましい実践を志向する。
道徳の時間は,これまでの自分を凝視し,内省し,価値ある生き方を志向する時間である。教師の評価は,子どもの自己理解を支援するものでなければならない。また,学習中の子どもの価値観の深まりや広がりを評価し,支援を施してより深い自己理解へと連動的に働かなければならないものであると考える。
 
<道徳の時間における4つの評価場面と目的>
評価場面 評価目的 指導との一体化
評価T 授業前 子ども一人一人の既存の価値観を理解し,授業構想を立案する。 学習目標,指導法選択,個別支援の手だてを考える。
評価U 価値の意義の追究場面 子ども一人一人の価値観の深まりや広がりの程度を理解する。 自己内対話・他者対話を充実させる指導法を工夫する。
評価V 心の弱さの追究場面 子ども一人一人の人間の多様な弱さの認識を理解する。 資料の共感的理解を促す指導法を工夫する。
評価W 価値の自覚化の場面 子ども一人一人の価値の自覚の程度を理解する。 自他の価値観のよさを明らかにできるよう支援する。
 
評価構想図
 
子どもの価値観の深まりや広がり(変容)の実際
【実践例】第6学年 主題名:たとえ友達でも(4−B公正・公平,正義)
   ※ 紙面の都合上,評価Uと評価Wの場面の指導と評価について示す。
学級のボール使用に不公平があり,問題の解決には親友への私情を捨てねばならない場面を問題にする。たとえ友達でも不正を許さない断固とした態度がより深い人間関係になっていくことを理解させ,公正に判断し,公平な態度をとることの意義を追究していく。
(問)親友に対して不正を許してはいけないと考え,行動に示した主人公心の背景
   【評価U】の実際
 <価値観の深まりが見られた子どもの例:A児> 
自己内対話@:「問題を解決しないと正夫がみんなから本当に嫌われてしまう。それはかわいそうだ。正夫に,悪いということを分かってほしい。」
他者対話 → 価値観が似ている者との対話(見方・考え方の対象が,友達の正夫)
自己内対話A:「ボール問題を取り上げたことを,正夫なら分かってくれると信じていた。親友だからこそ正夫を信じる気持ちがあったのかもしれないと思った。」
※ 「親友に対する同情心」から,「信頼を含んだ友情」へと価値観が深められた。
<価値観の広がりが見られた子どもの例:B児>
自己内対話@:「主人公は正夫を大切な友達と思って信じていたからできたのかもしれない。正夫のためにもなるから,公平にすることは難しいけどしなきゃならないときもあるのかなあ。」
他者対話 → 価値観が異なる者との対話(見方・考え方の対象がクラスのみんな)
自己内対話A:「クラスのための学級会だから,みんなのことを考えないといけないと思った。主人公は学級委員という責任もあって苦しい決断をしたんだ。」
※ 「親友に対する思いやりや信頼感」から,「集団の自由」や「役割責任の自覚」へと価値観が広げられた。
(問)大事にしたい,生かしていきたい考えや思いのまとめ【評価Wの実際】
A児:「公平にしていくと,信頼関係が深まるしみんながそんなになると信頼の輪が広がっていくかもしれない。」
B児:「公平にふるまうというのは,相手のためにとか,回りの人のためにとか考えてから公平と言うことができるのだと思った。」
※ 公正公平な生き方の意義を多面的に考えてきた中で,自分なりに納得のいくものを主体的に取り入れてまとめることができた。
 
3 成果と課題(今後の展望)
(1) 21世紀版郷中教育
昔の教えは,我が地域の風土や自然に育まれ醸成されてきたものである。時代が変わってもなお,不易の思想であり,わたしたちは,時代を越えて継承していかなければならない責任を負っている。昔の教えに魅力を持ち,全職員で共通理解して実践を進めていく体制が整ったことは成果である。さらに,家庭や地域をまるごと含めながら,昔の教えを基盤に,道徳教育全体計画を再考し工夫した展開を実現していきたいと考える。取組は始めたばかりであるが,さらに充実を図り本県及び本校の風土に合った心の教育を推進していきたい。
(2) 道徳の時間
○ 「子どもをまるごと理解する」視点で授業を構想していくことで,必然的に価値分析が充実し指導の具体的な手だてが明確になった。また,評価目標と評価内容を明確にすることで,子ども一人一人の思いや考えの把握が容易になり,支援アプローチが充実してきた。

○ 子ども一人一人の価値観の深まりや広がりの程度を評価することは困難であるが,事前の実態調査を把握し,書き記したノート・シート等を見取ることで徐々に充実の度合いを高めてきている。また,子ども自身の自己理解にも生かされ,じっくりふり返る態度が出てきている。今後の課題としては,書かせる観点を学年の発達段階に応じて明確にしていくこと,価値観の深まりや広がりの程度を理解する方途を開発すること,自分の考えと友達の考えの相違を考えて自分の考えを再考できるような話し合いのスキルを高めていくこと等が挙げられる。実証的な研究を継続して進めていきたい。