ナガサワ葡萄のこと
(中洲小学校郷土室展示資料より)
 1865年,薩摩藩がイギリスに送った留学生のうち,一番年下で13歳であった長沢鼎は,
10年後カリフォルニア州サンタローザでワイン製造を始めアメリカ最大のワイン製造所のひと
つに育て上げました。長沢は,ただワインを造るだけでなく,その元になる葡萄の品種改良にも
熱心で,植物の世界的品種改良家であったルーサー・バーバンクとも親友となり,また,カリフ
ォルニア大学農学部の依頼を受け,自分の農場を使って葡萄栽培やいろいろな実験にも参加しま
した。

 このような多くの人々の苦労によって,カリフォルニアは,いまでは世界で最も有名な葡萄の
産地・ワインの産地の一つになりました。

 いまから約20年前,1981年このような長沢の努力に感謝し,その功績を記念するため,
現在カリフォルニアを代表する葡萄の苗木4品種12本が,サンタローザにある鹿児島友好協会
(ファーン・ハージャー会長)から鹿児島県民に贈られ,3年間神戸の植物検疫所で検査を受け
た後,薩摩郡東郷町の県果樹試験場北薩支場に移され,日本で栽培するため,いろいろな工夫が
加えられています。おかげで,1987年から立派な実が実るようになり,記念に鹿児島各地の
学校にも苗木が贈られています。

 昔,長沢が住みワインを造っていたファウンテングローブの丘では,いまパラダイスリッジと
いうワイナリーがワインを造っていますが,その場所にナガサワ葡萄園とナガサワ記念館を造り
長沢鼎の功績を称え記念しています。

 長沢鼎は歴史の人になりましたが,彼の努力はいつもカリフォルニアに育つ葡萄や,人々の心
に生き続けていると言えます。
ナガサワ葡萄を見てみよう

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