学校紹介 


    




市内唯一の小中併設校

 本校は小学校児童29名、中学校生徒20名計49名(平成23年4月6日現在)の市内で唯一の小・中併設校です。
 鹿児島市下福元町の標高約360mの山間部に位置し、夏は涼しいですが、冬は鹿児島にしてはやや寒冷な気候です。気温は市内の平野部よりも約3℃ほど低く、冬は必ずといっていいほど2〜3度積雪します。校門を入って正面には樹齢100年を越えるセンダンの木がそびえ立ち、校舎と体育館の間の芝園には、本校のシンボルである「なかよしの木」(下写真、クロガネモチ)が子どもたちを見守っています。緑豊かな山々に囲まれた美しい風景が地域の方々、職員、在校生はもとより、すべての訪れる方々の心を和やかにしてくれます。

学校地域合同の行事

 児童生徒は小・中一貫して同じ校舎で生活していることもあり、全員仲良く、明るく和やかな雰囲気があります。毎年行なわれる入学式、水泳大会、運動会、文化祭(学習発表会)等が、小・中合同で行われ、中でも運動会と文化祭は校区合同で行われるため大変盛大なものとなります。
                                

本校&地域の歴史
本校は創立129周年
 明治12年2月16日に開校した本校は、平成19年度で創立129周年を迎えました。平成10年度には学校創立120周年を記念して運動会や文化祭は特別に「120周年記念」行事として盛大に行われました。 
錫山の歴史                                              
 1655年錫鉱床が発見され、以来幕末まで、薩摩の三山(錫山・鹿籠・山ヶ野)の一つとして島津氏の直轄地で、薩摩藩財政の重要な地でありました。鉱夫は、山師とよばれ、農業は禁止され、帯刀も許されて士分の待遇であったそうです。幕末頃は、一時10万斤時代といわれる黄金時代もあったといいます。その後産額の減少と錫価の暴落のため経営困難となり、ついに大正10年休山するに至りました。しかし、その後10か年を期に貸与を願い、錫山鉱業組合を組織して稼業に励みました。しかし、戦後前に閉山、その後再開され最近まで協和興業(株)によって経営されていたましたが、昭和63年(1988年)1月再度の閉山となりました。地名の「錫山」は、文字通り、この錫鉱山のことを示していることは言うまでもありません。

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