学校名  鹿児島市立武中学校
学校長  長浜 真一
所在地 〒890−0045
 鹿児島県鹿児島市武三丁目42番1号
Tel  099−255−5171
Fax  099−255−5172
在校生  472名

1.沿革

 本校区は、武小学校区・田上小学校区からなり、かつては武村・西武田村・中郷村と呼ばれていた農村地帯である。明治44年9月30日武村、昭和9年8月1日に西武田村・中郷村が市に編入され、更に昭和25年10月1日に伊敷村の市編入により、西ノ谷地区が田上小学校区に編入された。しかし、その後、新設校の設置により、昭和45年度から広木住宅を、昭和48年度からは、前ケ迫周辺を漸次紫原中学校区へ変更した。更に昭和51年度からは田上の一部が明和中学校へ、武の一部が城西中学校へ、そして、昭和59年度からは、西陵小学校区全部と田上小学校区の一部(西下、西上、西ノ谷、上西ノ谷)が西陵中学校へそれぞれ校区変更され、現在に至っている。

2.地域の特色

 北東から南西へ約2Km、北西から南東へ約4kmの本校区は、鹿児島中央駅から西の方、武岡山麓及び商業・住宅地区と田上川の川沿いから谷間まで広がる地域、それに新しい造成による団地の3つに大別される。したがって、土地住居関係・文化・経済等の面など複雑多岐の様相を呈している。
 このことは、市街地周辺にみられる現象であるが、元来旧市街地の周辺農村地帯であった当地域が時代の変遷とともにベッドタウン化し、最近では徐々にではあるが、ドーナツ化現象の影響をうけ、武地区では過疎の兆しも現れてきている。
 住民性は、一般的に純朴明朗で、教育に関心が高く、PTA等の諸会合への出席率もよい。

3.文化財および遺跡
 校区の東北、西田町境には西郷屋敷がある。これは西郷南州翁が征韓論にやぶれて帰郷され、明治6年から4年間西南の役まで居住され、学者川口雪蓬を同居させ、自らは「武村の吉」と称し、農業の傍ら子弟の教育をされた由緒ある屋敷である。また、島津斉彬公の田上水車館機織場跡、薩英戦争砲台跡、鹿児島師範学校跡などがある。