篠原国幹
しのはら くにもと
1836〜1877

 1836年,平之町に生まれました。村田新八と同じように,西南の役で活躍し一番大隊長として戦った人です。
 小さい頃から,薩摩藩の藩校造士館で勉強して育ちました。
 明治時代に入って,陸軍少将にまでなりましたが,西郷が,大久保利通らとの考えのちがいから鹿児島に帰った時,西郷と行動を共にしました。鹿児島へ帰ってからは,村田新八,桐野利秋らと私学校をつくり,若い人たちの教育にあたりました。西南戦争では,一番大隊長として田原坂での戦いの指揮をしましたが,吉次越(田原坂の近く)で敵のたまにあたり戦死しました。40歳という若さでした。
 誕生記念碑が,鹿児島中央高校南側に建てられています。

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