学校紹介

学校の紹介

  

 大龍小学校正門前の通りです。この通りは、南洲神社に続く「南洲門前通り」です。電線は、地中に埋設されていて、すっきりとして落ち着いた雰囲気です。市内周遊観光バス「鹿児島シティービュー」も、この通りを走ります。学校の外周には、子どもたちのあいさつ標語を掲示しています。そして、この通りを児童・保護者・地域住民同士のあいさつの輪が更に広がることを願い、「大龍あいさつ通り」と呼んでいます。

        

 大龍小学校のシンボルツリーの「えのき」です。学校からは、鹿児島のシンボルでもある雄大な桜島が見えます。

 

 

 校内に西郷像が置かれています。また、各教室には西郷隆盛の肖像画も掲示してあります。

 

 

 本校の卒業生の一人に、ノーベル物理学賞を受賞した赤﨑勇先生がいます。そして、校内には、「ノーベル賞の部屋」というものがあり、赤﨑先生の功績や教えを掲示しています。

学校の由来

 この校地は,薩摩隼人の勇名を馳せた島津貴久,義久,家久の三公居城の跡で,当時はこの城を御内とよばれていました。
 家久公が本城を鶴丸城に移した後,ここに寺を建立し,「瑞雲山大龍寺」と称したそうです。貴久公の法号大中と義久公の法号龍伯をとったものです。開山の住持は,薩摩教学の伝統の中に巨大な位置を占め,かつ日本文化史の中に,不滅の光を放っている学僧文之和尚です。大龍寺は,連綿250年続きましたが,明治2年廃仏毀釈の厄にあい,廃寺となりました。
 そして明治17年,ここに学校を建てて,大龍小学校と称しました。これまでの思いを伝統に馳せ,遠く学僧文之の気魂を継承しようとする意図であったのでしょう。

校区の紹介

 大龍小校区は,旧鹿児島市の北部上町とよばれる平坦地を中心として,北に住宅団地を持ち,東に多賀山,桜島を望み,西には常安・城山の自然の姿に接し,落ちついた住宅街を形成しています。
 古くは「鹿児島の床の間」と言われ,環境の良さを誇っています。
 さらに,本校区には,文化的歴史的遺跡も数多く残されており,大龍寺跡,文之の碑,砲術館跡,浄光明寺,島津忠義墓地,長田神社,興国寺跡,南洲神社,南洲墓地,西郷顕彰館,五代友厚誕生地等が特に有名です。
 また,保護者の教育に対する関心も高く,PTA活動・各町内会活動・まちづくり協議会活動・あいご会・スポーツ少年団活動など,生気と活力に満ちた活動を続けています。

 

校歌

本校の校歌は,創立50周年にあたる1934年(昭和9年)に制定されました。

 

大龍小校歌.pdf

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