校長室から
令和7年度
3月
・・・自己防衛本能・・・
今年度のまとめ,年度末が近づいてきました。この時期になるといつも感じる子どもたちの「ふわふわ」した感じ・・・実際に2月以降 子どもたちを指導しなければならない機会が増えるのは,私が教師になったばかりの頃も今も変わらない風景のようです。
自由・多様性など様々な価値観を重視する現代において,規律だ!ルールだ!というつもりはもちろんありませんが,学校は,多くの人が集まって一緒に生活を送る場所であり,少なくとも他者への影響については十分に考える必要があり,そのための約束事(規律・ルール)が存在します。誰一人辛い思いをさせたくない。そのためには,毅然とした態度で児童と接する必要も出てきます。
指導される側の立場に立ってみると・・・私たち大人もそうですが,叱られたり反省を促されたりするのは可能な限り避けたいと思うものです。ちょっとしたミス,ついうっかり,そんなつもりではなかった・・・様々な思いがあればなおさらです。
そんな時に無意識にはたらくのが,「自己防衛本能」。自分にとって有利に働くと思われるものは誇張してたくさん話す。逆に自分にとって不利になること,責められる材料になりそうなこと,都合が悪いと思うことは極力話さない,話すとしても最小限の情報にちょっと都合のよくなる材料をプラスして短めに話したり,言い訳をたくさん含めて情報を見えづらい形で話したりする。仕事上での失敗でもこんな経験はたくさんありましたし,見聞きしてきました。
何かあったときに,双方の自己防衛本能が働いたとき,我々はどのように受け止め,どのように対処していくのがいいのか?なかなか答えを出すのは難しいようです。特に,自分にとって近しい大切な人を守りたい!自分が信じてやらずにどうする!という気持ちがあるのも当然なのでなおさらです。
私たちが望むのは,子どもたちの健やかな成長です。子どもたちは様々な経験を通して成長していきます。時には自己防衛本能により困った状況を回避することもあります。それが裏目に出て問題が大きくなり泣きを見ることもあります。それもこれも子どもたちにとっては大切な経験となります。
それを受け止める側として,全面的に信じたり,時には信じたふりをしたり,真っ向から否定して正しいことを追及したりなど,多様な視点・様々な手法を使って子供と向き合いながら,成長を見守れる大人でありたいと思います。目の前の子どもが大切です。しかし,それ以上に目の前にいる子どもの成長した姿はもっと大切なのでは?と考えます。
場合によっては,子どもの訴えを受け止めつつも,他者からも情報を得ながら本質を追及し,それも踏まえて子どもと話していくことが大切になるのではないでしょうか?いつでも自分のことを信じて守ってくれる大人は大切な存在です。それ以上に,子どもたちが自立し,振り返ったときに本当の意味で自分の成長を見守ってくれたと心から実感できる大人でありたいと思います。
例え今指導をしている目の前の子どもたちから「口うるさい存在」だと思われていても,それが子供の成長につながるのであれば,バイアスを排除し冷静な目で接していくことの必要性を感じずにはいられない日々です。
1月
「心配」
↑↑ どう読みますか? ↑↑
若いころ,先輩方から話してもらったことが,最近内側から湧き上がってきます。「心配」と書いて,何と読むか?
「しんぱい」と読んだ場合,「物事の先行きや結果を気にして心を悩ませること(Copilot)」という意味になります。子供たちの成長を見守りながら,過去に自分が担任した児童生徒の様子と重ね合わせ,「あの時の生徒のように,このまま真っすぐ成長していってほしいなぁ」,「あの時の生徒と同じような言動が多く気になるなぁ・・・」など,良くも悪くも自分の経験と重ね合わせてしまいます。もちろん,一人一人は唯一無二の存在なので全く同じ成長をするとは思っていません。よく言う老婆心ながら・・・というものです。
また,「心配」と書いて,「こころくばり(送り仮名がついていますが・・・)」と読んだ場合,「相手の立場や状況を想像し、先回りして細やかな気配りや配慮を行うこと(Copilot)」という意味に読むこともできます。
どちらも,先のことを考えて気遣うという意味ですが,大きく異なるのは,相手を意識する心,思いやる心ではないかと感じます。
私たちは一人きりで生きていくことはできません。また,仲のいい友達とだけで生きていくこともできません。周りにいる多くの人に支えられ,反対に周りを支え,自分の居場所を作り,それぞれの場所で生きています。
子どもたちは,生まれてからたくさんのわがままを聞いてもらっていたはずなのに成長するにつれてなかなか自分の思いが通らなくなる過程の中で過ごしています。時にふて腐れたり,力ずくで我を通したりする,それでも叶わず残念な思いをすることもある中で成長します。
そのような子どもたちを見守りながら,成長の先行きに心を悩ませるより,子どもたちに必要なものを想像し,気配り・配慮ができる学校経営を目指していきたいと考えるこの頃です。
12月
自分の知らない世界
私たちの周りには自分の知らない世界が数多くあります。
今年の4月に武岡小学校に縁あって赴任し学校の形が扇形であること,今年創立50周年を迎えたこと。コミュニティ協議会をはじめとする多くの地域の方々に支えられながら児童が成長していることを知りました。これも自分の知らなかった世界との出会いと言えます。ネットで調べればすぐに分かることですが,知ろうと思うきっかけに出会うことはなかなかありません。転勤というきっかけ,縁があって知ることができたといえます。
最近オーストラリアで16歳未満のソーシャルメディア(SNS)利用を禁止する法律が施行されました。世界に向けて自分を発信することが可能になっただけでなく,出会うことのなかったはずの人と出会い,交流することも可能となるなど上手に使えば素晴らしいツールです。しかしながら,その便利さゆえに依存してしまったり,犯罪に巻き込まれてしまったりする若者が後を絶たないという問題があることも事実です。
このような話を聞いたことがあります。「ドラえもん」に登場するのび太とジャイアンは,SNS上では立場が逆転する。面と向かって取っ組み合いをすれば必ずジャイアンが勝ちますが,SNSなら取っ組み合いをする必要も,書き込みをしたことを相手に報告する必要もないので,のび太にも勝てるチャンスがあるということです。
低年齢層の利用で多いのは,グループチャットができるSNSの利用で特定の人を傷つける行為で,十数年前から全く変わることなく続いています。本年度中学校の全国学力学習状況調査でも出題された「エコーチェンバー現象(自分の意見に賛同する人どうしとばかり交流することで,いつでも自分の考えは正しいという錯覚に陥ってしまい,実生活でもその考えにとらわれてしまう状態)」,つまり仲間内とばかり交流することで他の考えや意見に触れることができなくなり正義のつもりで他人を傷つけてしまうというトラブルも後を絶ちません。実際の生活の中でも少人数グループでのうわさ話や陰口といったことがなくならないことを考えると,SNS上の問題も深刻です。
どんなにテクノロジーが進化しても,最後は人間だと言われるのは,やはりそういう部分の大切さを分かって成長しなければならないということだと思います。
さて「自分の知らない世界」からどうつながっているのか?
実際の生活や,SNSのグループチャットで誹謗中傷などと問題になる「仲間外れ」自分がいるのは「仲間」?「外れ」?
実際の生活でなら周囲の動きを直接見ることが可能な場面が多いので気づきやすいですが,SNSだとそれが全く見えません。
自分と同じ意見を投稿しているグループは「仲間」?
メンバーだけど投稿しない人も同じ意見?
他にグループ(自分が知らない)は存在しない?
自分の発信は人に不快な思いをさせていない?
自分の周りに「自分の知らない世界」はたくさん存在しています。だから成長段階の子どもたちの利用が禁止されたり制限されたりするのだと思います。子どもを守るためです。
武岡小学校の児童にも「考える」ことを常に伝えていますが自分のおかれた環境,自らの行動についてきちんと考える力を身につけてほしいと思います。そのためにもまずは私たち大人からかもしれません。
10月
創立50周年記念 大運動会 & 記念事業「バルーンリリース」
武岡小学校創立50周年記念大運動会と記念事業「バルーンリリース」を10月26日(日)に無事終えることができました。想定よりも良い天気に恵まれ,少し暑さも感じるくらいでしたが,青空の下精いっぱい走り・踊り・応援している児童は微笑ましいものでした。
また,終了後には約400個の風船を空高く飛ばしました。
当日は種子島からのH3ロケット打ち上げもあり,6年生の全体リレーと打ちあがる雲が重なった貴重な場面を見ることもできました。
校長として赴任した初めての運動会は,本当に心に残るものとなりました。
マンパワー
武岡小学校は昭和59年に児童数2288名で全国一のマンモス校でした。当時はそれに見合う多くの教職員が学校に在籍していました。様々な行事を行う時,児童の数もそうですが,運営する教職員の数の違いは大きく影響します。
現在児童数が242名となり,教職員数もずいぶん減りました。全国的に業務改善・はたらき方改革など多くの変化も求められています。当然様々な行事で協力をいただいていたPTA戸数も減り,PTAの在り方そのものも変化してきています。
そのような状況の中で,児童の安心安全を守りつつ行事を運営し,その行事を通して児童のウェルビーングにつなげていくことを考えると非常に悩ましいところです。
単に人員を無理にでも確保して増やす,思い切って行事の数を減らす・・・では教育にはなりません。コミュニティ協議会が掲げる「住んでよかった 育ってよかった武岡」であり続けるために何をどのように考え,再構成していくのがいいのか・・・日々頭を悩ませています。
9月
2学期もハイタッチでスタート!!
学校行事が立て込んでおり,更新していませんでしたので,アーカイブとして9月分も更新します。
毎朝正門で投稿してきた児童とハイタッチをしながら朝の挨拶を交わしています。
初めは物珍しかったのか喜んでやってくれていたように思えた児童も,面倒くさいと感じるようになったのか最近では,様々な形が見えるようになってきました。
・笑顔であいさつはしてくれるけど,ハイタッチは断固拒否!!しながら通過していく児童。
・あいさつはするけど,正門横の通用門から登校していく児童。
こう書くと,ちょっと寂しい感じにも見えますが,そうではありません。そういう児童の様子も見ていると,毎日違いがあることに気づきます。私はそれでもいいと思っています。
また,ハイタッチをしてくれる児童にも様々な変化が見られます。
・正門の最後の坂を小走りに駆け上がって手を差し出し,ハイタッチする児童。
・何かある思いをぶつけるように,これでもか!というくらいの強いハイタッチ。
・音が聞こえないくらいそぉ~っとするハイタッチ。
・ハイタッチだけでは足りず,「じゃん・けん・ぽん!」と始まる児童。
担任をすることがない私にとって,子どもたちの様子をうかがい知る唯一のチャンスです。これが私の一日の始まりであり,多くの児童と一気に触れ合うことができる時間です。これからも大切にしていきたいと思っています。
その中で,一学期からずっと続いている6年生の男子児童とのハイタッチがあります。
最初はたまたまだったのかもしれません。登校してきてハイタッチしてくれた時,力強くたたいてくるわけではないのに元気のいい力加減で,そのためかお互い手が痛くなるようなことはないけど,周りに響くくらいの「ぱぁ~ん!」といい音がする。次の日も,次の日も・・・
もちろんその児童との交流になるのだけれど,いつも「ほかの児童と何が違って,どうやることで,こんなに気持ちのいいハイタッチになるのだろう?」と実は考え,研究しています。
これからもその児童とのハイタッチが続く限り,研究しいろいろな児童と試してみて,お互い痛くないのにとっても響く音のするハイタッチを研究していきたいと思います。
7月
ICT・・・I(いつも)・C(ちょっと)・T(とらぶる)
毎日毎日自分は楽しく過ごしている!でも、その様子を周りの友達はどのように見ているのでしょうか?自分の言動を周りの人はどのような思いで受け止めているのでしょうか?
最近は、周りの人は関係ない、自分の言動に責任がもてればそれでいいという言葉も耳にすることがあります。しかし、子供たちはこれからの激動の時代を生き抜いていく力を身につけなければなりません。どんなにテストの点数が良くても、どんなに力が強くても、誰も一人では生きていくことができない人間の社会を考えると、やはりコミュニケーション能力を身に着けることも求められます。コミュニケーションをとるために必要なのは、相手の「思い」「立場」などいろいろなことに気を配ることなどになります。自分の思いや立場だけでうまくコミュニケーションをとることはできないのです。それは、子供たちの世界でも同じです。ただ、子供たちにはまだ少し難しい部分でもあります。だから、友達とけんかもするし、気持ちのすれ違いから悲しい思いをしたりもします。ただ、そこから気持ちを奮い立たせ、立ち直るためにもクリティカルな視点をもつことを少しずつ身につけていってほしいと思います。
という、6月に引き続き「よぉ~く考える子供であってほしい③」を全校朝会で子供たちに話そうとしました。内容が難しいかもと思い、今回はプレゼンを作り、スライドを見せながら話そうと考え、そのような準備もしてもらいました。
のはずだったのに・・・
いざ、体育館でタブレットをプロジェクタにつなごうとしても上手くつながらず、時間が無駄に過ぎるのも嫌だったので、結局プレゼンを使うことなくかみ砕いて説明してみました。伝わっていることを祈るばかりです。
自分でも思います。ICTの活用は大切です!と言っているにもかかわらずうまくいかない。
ICT・・・I(いつも)・C(ちょっと)・T(とらぶる) 特に大事な場面になるとこのような事態に陥る
やはり道具に過ぎないということも実感します。
来月は、ツールに頼ると効果的になります。でもそれを支えているのは本質を見失わずに構成する力を持っていることです。・・・というお話をしようかなぁと考えています。
6月
よぉ~く考える子供であってほしい②
【全校朝会より】
朝、家を出てから学校に着くまでにどんな花が咲いているか、どんなところが昨日とちがっているか気づいたことがある人いますか?
という内容を子供たちに問いかけました。多くの児童が「あれを見た!」「こんなことがあった!」と答えてくれていました。
学校だよりにも書いた内容ですが、全校朝会が始まるときに体育館に入ってきて、5年生や6年生が、先に体育館で静かに座って待っていてくれたことに気づいたか尋ねると、一気に減ってしまいほとんどの児童が気づいていなかった自分に気づくという場面がありました。
気づくというのは、自分の気持ちがどのような状態にあるのかで変わってきます。
毎日楽しく過ごしている自分を冷静に見ている周りの人がいる。というクリティカルな考えをできる小学生はそうそういないと思いますが、そのような視点があることを知っておくことも大切ではないかと思います。7月の全校朝会ではこのあたりの部分まで切り込んだ話をしてみたいと思います。
5月
よく考える子供であってほしい
【全校朝会より】
毎朝ハイタッチをしています。
みんなの笑顔や元気のいいハイタッチで1日頑張ろう!という気持ちにさせてもらっています。その時にこんなことも考えています。みんなの表情はどうだろう?今日のタッチはいつもより元気がなかったような気がする・・・そのようにしてみんなの様子を観察しています。
そのように,物事に対してきちんと考えることはとても大切なことです。
例えば,
今はどういうときなのか?
今は,何をするべきなのか?
今,どのように行動するのが一番いいのか?
毎日の学校生活で様々な場面に出会うことがあります。そのようなときに,なんとなく行動するのではなく,周りにいる人のこと,今の状況など,しっかりと,そしてよく考えてから行動をしてほしいと思います。
4月
【始業式校長のはなしより】
今日から令和7年度,新しい学年の始まりです。
みなさん、進級おめでとうございます。
進級して一学年ずつ上の学年にあがりました。新しい学年では,どの先生とどんな勉強をするのかな,遠足はどこに行くのかな、修学旅行が楽しみだな、運動会は何組かな,きっとわくわく、どきどきしていることでしょう。
どきどきは、毎日が楽しくなる秘密です。
みなさんも、新しい学年になったら「勉強頑張ろう」「本をたくさん読もう」「休まず登校しよう」「お友達と仲良くしよう」など、いろんな目標を立てていると思います。
今の気持ちを大切にして、目標に向かって頑張りましょう。
さて、武岡小学校の「校訓」は、
「至誠一貫 よく考え けじめをつけて やりぬく子ども」です。
【よく考え】:お友達に何か言うときも、行動するときも、その前にしっかりと考えることができるようになりましょう。
【けじめをつけて】:静かに話を聴く時、元気よく動いていい時など、時と場に応じた行動ができるようになりましょう。
【最後までやりぬく】:やるからには、途中で投げ出さす、最後までやりぬくことができる人になりましょう。
また、武岡小のキャッチフレーズは、「あいさつとボランティアの学校」です。
ぜひ、今年は、自分から元気な声であいさつをし、進んでボランティア活動ができる武岡小の子どもになってください。
みなさんには、「〇〇ができるようになりたい」という目標や、「●●のような人になりたい」というあこがれや理想を見つけて、努力する・挑戦する子供であってほしいと思います。
最後に、小学校にはたくさんの友達がいます。新1年生も入ってきます。もしかしたら、自分の思い通りにならないことがあるかもしれません。そんな時にも「大丈夫」「あなたのせいじゃないよ」など、優しくて温かい言葉が聞こえる学校にしていきましょう。
新1年生には、やさしく武岡小のことを教えてあげ、憧れやお手本となるようなお兄さん、お姉さんになってください。
先生たちも、みなさん一人一人がこの武岡小で自分らしく学び、成長することが出来てよかったと思えるように、一生懸命サポートします。
みんなで楽しい学校生活が送れるように、一緒に頑張っていきましょう。
これで、校長先生の話を終わります。
